太った芸能人、やせた芸能人を取り上げ、ダイエット情報を発信している安川です。





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こんにちは。 【急死の原因!!】斉藤仁が激やせした訳!! よろしくお願いします。

本名:斉藤仁、1961年1月20日生まれ、青森県青森市出身。

ロサンゼルとソウルのオリンピック2大会連続95kg超級金メダリスト。

ソウルオリンピックでは日本柔道における金メダル獲得記録の継続が斉藤仁に託される重圧の中、同大会柔道競技唯一の金メダルを獲得する。

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2013年、肝内胆管がんが判明し、後進の指導と闘病を続けるが、2015年1月20日、肝内胆管がんに伴うがん性胸膜炎で死去。

1月20日、全柔連教化委員長の要職にあった斉藤仁氏が死去しました。

原因は肝内胆管がんのためでした。
斉藤仁はロサンゼルス、ソウルの2大会のオリンピックで95超キロ級の金メダルを獲得するという快挙を達成した日本柔道界きっての英雄です。

重量級でオリンピック2大会連続金メダルを取った実績は、斉藤仁ただ一人です。

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3歳上の山下泰裕は、天才と称されましたが、斉藤仁の実績はそれ以上でした。

斉藤仁は山下と対戦成績で8戦全敗という不名誉な結果でしたが、オリンピックでの実績では斉藤仁に軍配が上がります。

しかし、203連勝のまま引退し、国民栄誉賞を与えられた山下に比べると、斉藤仁の存在はどうしても二番手のイメージで地味になってしまいます。

斉藤仁が柔道を始めた原因はテレビ番組でした。

子どもの頃、テレビドラマ「柔道一直線」を観たからです。

主人公の一条直也が相手の巨体を投げ飛ばしたり、布団に包まって階段を転げ落ちる特訓を受ける姿に感動したのが、柔道を始めようと思った原因です。

後に「柔道一直線」で主役を演じた桜木健一と対談して以来、親交を深めていたそうです。

先輩の山下が偉大すぎて、近寄りがたいのに比べると、斉藤仁は親しみやすい人柄。

ビッグコミックスピリッツ連載の吉田戦車原作「伝染んです。」に登場する人面カブトムシ「斉藤さん」は斉藤仁がモデルとされています。

そんな明るくて強い斉藤仁が病魔に襲われたのは、一昨年の末ごろでした。肝内胆管がんが発覚したのです。

すでに斉藤仁のがんは切除不能と診断されました。

治療中に糖尿病や胃炎を患い、2014年末には病状が悪化しました。最後は手術もしていません。

原因は直る見込みもないのに本人を苦しませるだけだからです。

重量級で活躍し続けた斉藤仁は、現役引退後も大柄な身体を維持していましたが、亡くなる前はガンの影響で激やせになっていました。

斉藤仁は医師からがんを宣告されてからも、昨年11月の講道館杯に姿をみせて、「やることが山積みだから、激やせしちゃったよ」と話していました。

がんが原因などとは誰にも話しませんでした。

死の2カ月前ですら、笑顔で答える斉藤仁。

激やせの原因といえば、がんを連想するひとが圧倒的に多いはずです。

それは日本人の平均寿命は延びていても、その死亡原因であるがんが増加し続けているという事実があるからです。

がんが原因の日本人の死亡数はアメリカの1.6倍。

先進国の中では、がんが原因でなくなる人が増え続ける唯一の国だそうです。

いまや日本ではがんの患者が増え続け、2人に1人ががんを発症します。

3人に1人ががんが原因で死にます。

がん研究振興財団の発表データでは、1年間で新たにがんと診断された人は約75万人。

がんは間違いなく日本人の死亡原因のトップとなっているのです。

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世界的にみてもがんの患者数は増えていますし、がんが原因で死亡する人も増えています。

ところが、がんが原因で死亡する人の増加は発展途上国に集中しており、先進国ではがんが原因で死ぬ人は減り続けているという数字も出ています。

国際がん研究機関のIARCの発表によると、がんが原因で死亡する人の65%は発展途上国の国民だというのです。

東大医学部の教授によると、「欧米では大体毎年5%ずつ、がんが原因で死亡する人は減っています。

それに比較すると、日本では増加が止まりません」

さらに「1995年の時点では、日本も米国と同じ程度でしたが、それ以降は、差がどんどん開いていっています」
と証言しています。

先進国の日本は、医療技術も発達し検査設備も充実しているはずなのになぜ、がんが原因の死亡数が増えているのでしょう。





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その上、手術の技術は世界一とも言われているのになぜ、がんが原因の死亡者が増え続けているのか、不思議です。

その原因は「高齢化」です。

他の先進国と比べて、日本の高齢化のスピードは速すぎます。

日本のがん死亡者数は、団塊の世代とともに増え続け、2030年くらいまで増え続けると予測されています。

がんは遺伝子の異常が積み重なることが原因で発症します。

新陳代謝によって細胞が分裂する際、ある一定の確率で遺伝子に異常が起こるからです。

つまり、長生きすればするほど遺伝子に異常が起こる可能性が増え続け、がんになる確率も高くなるというわけです。

高齢化とは別に、がん増加の原因に挙げられるのは食生活です。

日本人の食生活は、欧米化によって肉の摂取量は50年間で10倍、脂肪分は3倍に増えました。

逆に野菜や果物の消費量は減ってしまい、知らず知らずのうちに、不健康な食事になっているのです。

欧米人に比べると日本人の体質は、糖尿病になる確率が高く、インスリンというホルモンの血中濃度が高まります。

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それががん細胞の増殖を促す作用があり、発がんの原因となるリスクを2割も高めることが分かっています。

斉藤仁は最大体重150kgもありました。

若いころも相撲取り同様、体重増加のために肉と脂肪を余分に取りすぎてバランスの悪い食生活をしていたのではないでしょうか。

若い頃から、がんの原因になるような食生活を続けていたのかもしれません。

斉藤仁を良く知る人からすると、見るたびに激やせし続ける体調を心配したはずですが、彼の責任感の強さを知るだけに、休ませるわけには行かなかったようです。

引退後の斉藤仁の指導力とその実績は誰もが認めるものでした。

母校の国士舘大学監督、男子日本代表監督を務め、2004年アテネ五輪では鈴木桂治、2008年の北京五輪では石井慧と教え子2人を最重量級王者に導いたのです。

2012年ロンドンオリンピックでは日本男子は初の金メダル無しの不名誉。

その原因は当時の篠原監督かもしれません。

斉藤仁が監督ならその心労で激やせしていたことでしょう。

その後、斉藤仁は全柔連教化委員長に就任。

それこそ命を懸けていたはず。

そんな矢先にがんが発覚し、激やせし続けます。

しかし斉藤仁は激やせし続けても、意地でも療養生活に入りません。

関係者から休職を進言されたこともあったそうですが、山下副会長も「療養しろ」とは言えません。

その原因は療養を勧めてしまえば、「クビにしてください」と言うに決まっていると山下も覚悟して、職責を全うさせようとしたのです。

斉藤仁のがんが発覚した年、2013年は柔道界へのバッシングの嵐が吹き荒れていました。

原因は1月に女子日本代表選手に対する暴力指導問題の発覚や、内柴正人による準強姦事件の裁判など、柔道界には問題が山積していたのです。

地に落ちた柔道界のイメージを何とかしたい、そのためにはがんやがんが原因の激やせなど何ほどのものでしょう。

がんの告知を受けながら、手術も治療もできないと宣告されたら、それだけで激やせしてしまいます。

斉藤仁は違いました。

たとえ激やせし続けても与えられた全柔連教化委員長の職責を全うしようと、奮闘します。

斉藤仁の知人は彼の激やせに気がついていましたが、一般人にはその激やせぶりも知られることなく、いきなりの訃報でした。

テレビなどへの出演も少なく、ネットなどでも激やせ写真はほとんど公表されていませんでした。

11月の講道館杯で激やせが話題になっても、一笑に付す斉藤仁。斉藤仁の激やせ原因は一般人にまで広まらなかったのです。

昨年4月19日に青森県七戸町で斉藤仁が後援した際の激やせ写真が参加者のブログにアップされています。

ブカブカのスーツを着た激やせの斉藤仁の写真です。

あまりの激やせのため顔も二まわりほど小さく、まるで別人のようです。

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斉藤仁は、激やせしているだけではなく、足もわずかに引きずっていたと参加者は報告しています。

斉藤仁の最後の言葉は、見舞いに来た2人の息子にかけた「稽古に行け」の一言でした。

息子に見守られても、命が尽きるのは同じこと。

「ここにいようか?」と心配する息子たちを無理やり稽古に行かせる柔道への情熱は家族にも理解されていました。

息子たちが斉藤仁同様、オリンピックで金メダルを取ることが一番の親孝行のはずです。

二人の息子たちが2020年の東京オリンピックに出場し、兄弟揃っての金メダル獲得を願うと同時に、斉藤仁氏のご冥福をお祈りします。








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