太った芸能人、やせた芸能人を取り上げ、ダイエット情報を発信している安川です。





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こんばんは。 【激太り】原千晶が子宮がんを克服!! よろしくお願いします。

本名:原千晶、1974年4月27日生まれ、北海道帯広市生まれ。

1994年度の「クラリオンガール」に選ばれ、芸能界デビュー。「ワンダフル」「ウンナンのホントコ!」「力の限りゴーゴゴー!!」などに出演し、ラジオDJとしても活躍した。

2005年子宮頸がんと診断され、一時休業後、2009年末子宮がんの併発とリンパ節の転移も発見され子宮全摘出。2010年10月復帰と、TVプロデューサーと結婚。

原千晶が子宮がんを患っていたことを公表したのが2010年11月15日のことでした。

原千晶 ガン報告悲しみ 2.png


原千晶にとって、子宮がんとは長年の付き合いがあります。

2005年に子宮頸がんと診断されたときは、子宮を残す円錐形切除を受けて復帰したのですが、2009年末に子宮頸がんと子宮がんの併発に加えてリンパ節への転移も発見されたのです。
2010年1月に原千晶は子宮全摘出手術を受け、治療に専念し、2010年5月まで抗がん剤治療を受けていました。

その年10月、原千晶は1度目の復帰の際に関わった仕事で知り合った番組制作プロデューサーと結婚。

原千晶 明るく 1.png


2011年7月に、原千晶は「よつばの会」を説立しました。

原千晶が「よつばの会」を設立するに至ったのは、自身の子宮がんの公表以来、婦人科の病で苦しむ女性を中心にコメントが、ブログに書き込まれるようになったことからです。

この会のサイトは女性特有のがん(子宮がん、卵巣がん、乳がん)について、原千晶が伝えたいこと、やっていきたいことを、情報提供しあうものです。

原千晶は講演を通して、自身の子宮がんの体験を語っています。

2014年9月には5回、10月に8回、11月に6回と講演を重ねています。

原千晶ががんの宣告を受けたのは、2005年の初め、精密検査で子宮頸がんと診断されたときです。

当時は原千晶は31歳で独身だったので、手術する決心がなかなかつかなかったようです。

その時は、がん細胞が広がっていないため、一部切除で治療することが出来ました。

そもそも、子宮頸がんと子宮がんは全く別物だということがあまり知られていません。

子宮頸がんは「ひとパピローマウィルス」というウィルスに感染して起きる病気で、日本女性の8割は一生に1回このウィルスに感染するものだそうです。

「ひとパピローマウィルス」は100種類以上の型があって、子宮頸がんだけでなく、普通のイボもこのウィルスによるものです。

普通の女性なら誰でも感染する可能性があるので、今では女子中学生の段階で「ひとパピローマウィルス」の予防接種をするようになっています。

ですから、原千晶が、子宮頸がん治療後、あまり心配していなかったのも理解できます。

以来、体調もよくなり定期健診を怠ってきた原千晶は、2009年に再度がんが発覚したのです。

原千晶 アロマで資格 3.png


原千晶は子宮がんの発見された年明けに切除手術を受け、4カ月間の抗がん剤治療を受け、治療に専念し続けました。

このときの治療は、原千晶にとっても壮絶なつらさだったそうです。

髪の毛は抜け、体への抗がん剤の負担は相当なものだったのです。

原千晶で検索すれば、必ず出てくる激太りという言葉もこのときの、治療が原因です。

抗がん剤には激太りを引き起こす副作用があります。

「めざましテレビ」のメーンキャスターを務めた大塚範一が2014年6月18日に「徹子の部屋」に出演したときの顔をご記憶の方もいらっしゃるでしょう。

大塚範一の顔は激太りというより、浮腫んでいたのです。「見てられないな・・・」という視聴者の意見の通り、元気になってもこの顔では復帰は難しいはず。

激太りのように見えた大塚範一の場合は、白血病で抗がん剤による治療を受けていました。

顔だけ見ると激太りのように見えますが、抗がん剤の影響で浮腫み、激太りのように見えただけのようです。

激太りではなく、浮腫みでここまで、激太りに見えるのは可愛そうと感じたのが視聴者の実感でしょう。






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原千晶も子宮がん手術後、抗がん剤治療を受けながら、激太りといわれながら、テレビに出演していました。

原千晶 家庭の医学 3.png


原千晶が、子宮がんの闘病と結婚の発表をしたのが、2010年11月15日。

同年1月の子宮がん手術で、子宮の全摘出を受けたこと。

そして、その闘病生活を支えてくれた番組制作会社プロデューサーとの結婚を発表したのです。

原千晶は「これからも手を携えて、支えあっていきていきたい」とその思いを語りました。

原千晶によると、子宮がんの発覚後、男性からプロポーズをうけたというのが、さらにうれしさを倍増したことでしょう。

おそらく、原千晶も記者会見のときには、ウィッグを被っていたと考えられます。

子宮がんの治療で抗がん剤を投与していた影響は、脱毛や激太りにつなるからです。

抗がん剤投与を開始すると、2~3週間後に髪の毛が抜け始めます。

脱毛の程度は人によって違いますが、治療が終了して3~6カ月経過すると髪の毛は生え始めます。

最初はうぶ毛のような髪の毛ですが、8カ月~1年程度でほぼ回復します。

子宮がん治療の抗がん剤の種類や投与量にもよって、脱毛の程度も異なり、脱毛が起こる程度は高度、中度、軽度に分類されています。

子宮がんに限らず、がん治療に欠かせないステロイド治療。ステロイドとはどんなものでしょう。

ステロイドとは、副腎(身体の両側の腎臓の上にある)から作られた副腎皮質ホルモンの一つです。

ステロイドホルモンを薬剤として使用すると、身体の中の炎症を抑えたり、免疫力を抑制したりする効果があります。

子宮がん以外にもがんの治療に一般的に使用されますが、副作用も多いため、投与には注意が必要な薬です。

ステロイドの使用方法は、経口療法とステロイドパルス療法の2つの方法があります。

経口療法は初期には1日20~60mg程度で開始し、2~4週ごとに5~10mgずつ減量。副作用を抑えるため1日おきに服用する場合もあります。

強力な薬なので、ステロイドの副作用についても注意が必要です。

満月様顔貌(ムーンフェイス)、中心性肥満は食欲の亢進と脂肪の代謝障害によって起こります。

ステロイド薬の減量によって改善しますが、カロリー制限など食事への注意が必要です。

そのほかにも、免疫力低下による風邪に罹りやすくなる易感染症や、骨がもろくなる骨粗しょう症、ステロイド糖尿病、消化性潰瘍、血栓症など副作用は多様です。

疾患や薬の量、内服期間などによってさまざまなので、自己判断せず、主治医と相談することが重要になります。

なかでも、原千晶のように、子宮がん治療で大多数の方が激太りを経験したとの観測もあるので、いくつかご紹介しましょう。

病気が分かってストレスから過食気味になって激太りになったケース。

喫煙者の場合、告知後禁煙したら、食事がおいしくなり過食で激太りしたケース。

抗がん剤治療に負けまいと一所懸命に食べて激太りしたケース。

味覚生涯のせいで味の濃いもの・こってりしたものをおいしく感じて過食の習慣がついて激太りしたケース。

抗がん剤の副作用対策ステロイド(デカドロン)の副作用による食欲増進と脂肪の蓄積で激太りしたケース。

薬剤性閉経による体重増加で激太りするケース。

ステロイド剤エストロゲン(女性ホルモン)の脂質代謝の副作用で、中性脂肪が増加して激太りしたケース。

関節痛の影響で運動不足になり、激太りして、激太りからさらに運動不足になるという激太りの悪循環。

お伝えしたように、原千晶は「よつばの会」を主催し、講演会を定期的に行っています。

原千晶 子宮ガン克服 5.png


大阪南医療センターで2014年5月17日に開催された「第15回がん診療アップデート」で同時開催された、原千晶の講演会「大切にしたい自分の体」をご紹介しましょう。

原千晶はこの講演で、子宮がんとともに向き合わざるを得なかった10年間を率直に語りました。

実は10歳のときにはバセドウ病に罹っていたこと、30歳のときに、子宮頸がんを発症したことを語ります。

検査のとき、子宮頚部に1cmほどのできものがあると診断され、子宮頚部を円錐状に切除する手術を受けました。

その2週間後に、採取したものの検査を聞きに行ったとき、「取ったものは、がんだった」とあっさり言われたそうです。

まさに「がーん」というショックを受けたというのが原千晶の本音だったようです。

ところが、さらに辛い選択肢として、医師から「子宮を全部取ったほうが良い」という宣告をうけ、さらにショックをうけました。

結局、子宮摘出は断りましたが、5年後の子宮がんの原因になったのも事実です。

子宮がん治療による副作用から激太りした原千晶。最近では徐々に昔の姿に戻りつつあるようです。

早く、クラリオンガールに選ばれた頃のように、健康的で美しい姿に戻って欲しいものです。









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